「君たちはどう生きるか」を読むと「レ・ミゼラブル」への理解が(ちょっとだけ)深まる

コペル君とヴァルジャン合わせてみたよ。その名も潤・ヴァルジャン……

自分が今度やる英語教室の題材の「レ・ミゼラブル」。話題の「漫画 君たちはどう生きるか」と合わせて読むと時代背景がちょっとわかるのではないかと思いました。ちなみにイラストは潤一君とジン・ヴァルジャンを合わせたジン・ヴァルジャンです。ダジャレ……。

レ・ミゼラブルの冒頭で「フランス革命ののち、フランスでは王政が復活していた」という説明がつくのですが、わたしはこの辺の歴史に疎いので「え? なんで?」と思っていました。マリーアントワネットとかの時あんなに暴動起こったやん? みたいな。ナポレオンも英雄から→ロシア遠征ののちに失脚していたのは知っていたんですが、ここ繋がってたんですね。恥ずかしながら初めて点と点が線で繋がった感じです。そうだったのか……。

レ・ミゼラブル(ああ無情)は、ジャン・ヴァルジャンというパン一個を盗んだ罪で19年も投獄されていた怪力の大男を軸に話が進みます。ヴァルジャンは権力者の敷いた厳しすぎる規律や法によって人生を狂わされ、社会も人も恨みだれも信用するまいと生きていました。仮釈放後も警察の監視下におかれ「なぜこんな目に自分は合わなければいけないのだ!」と腐りますが(私でも腐ると思いますが)、クズのような自分に向けられた司教からの愛と信頼によって、ヴァルジャンは生まれ変わり人生をやり直そうと決意します。それは当時の王政の恐怖政治下での身分と名前を捨て、出頭の義務を捨て、再び罪人(逃走犯)として生きるということを意味しました。その後全く別の善人になったヴァルジャンは市長の座まで登りつめます。市長となって順調に市民のために働いていたヴァルジャンでしたが、ある日、警官のジャヴェールから自分の正体を突き止められ、再び逃亡の生活が始まろうとしていました。その矢先、自分が原因で職を失った子持ちの女性・ファンティーヌの存在を知ったヴァルジャン。彼はフォンティーヌを助けようとしますが、彼女は病気で息を引き取ってしまいまいました。そしてヴァルジャンはファンティーヌの娘・コゼットを引き取って、正体を隠しながらも二人でつつましい家族として9年間くらしていました。しかし、時代は再び動乱の世へと向かい、学生を中心とした市民は人々を虐げる王政へと反旗を翻そうとしますが……。

という、あらすじだけでもおそろしく長くなってしまうのですが、果たしてこれが近代日本、ましてやコペル君たちとどういった関係があるのでしょうか? 実は、作品中でコペル君や仲間がナポレオンに夢中になり、おじさんがナポレオンの成功から失脚までの反省をざっくりと説明するのですが、そのナポレオンこそが、ヴァルジャンを刑務所に入れるような恐怖政治を行い、学生たちが反旗を翻そうとしようとした王政を築くもととなった人物なのです。

このあたりの時代背景を今まで知らずにレ・ミゼラブルを見ていたので、「おお、昔は大変な時代であった……」と思う程度でした。でも、「君たちはどういきるか」でナポレオンの説明をされた後に作品を読むと、色々納得するのです。少年のガヴローシュが「革命が起こったけどそのあとに王になったやつもまた出来損ないの王だった」というようなことを言っているのはまさにおじさんが説明したあたりの王政をさしていたのか! とか、ヴァルジャンは逃亡者としての正体がバレた後にイギリスに逃げようとしたのは当時フランスはイギリスと貿易を断ち、良い関係とは言えない状態にあったからなのか! とか。コペル君のおじさんの話を読んでいて初めてつなげることができました。(※ちなみに、作者のユーゴーもイギリス領に亡命していました。)

ナポレオンについて、左が「君たちはどう生きるか」視点、右が「レ・ミゼラブル」視点

レ・ミゼラブルは当時の恐怖政治下の市井の人々を中心とした個人と個人の物語でマイクロに描いているのに対し、君たちはどう生きるかではその恐怖政治の概況をざっくりと大きな流れとして、ナポレオンという社会の頂点に立ったものの立場からマクロに伝えています。コペル君のおじさんのナポレオンのまとめ方が簡潔でわかりやすいので、このあたりを結びつけて考えられると作品の時代背景なんかがわかり、レ・ミゼラブルも単なる名作以上の深みを得られます。

君たちはどう生きるかも、レ・ミゼラブルも、共通して人間としてどう生きるかや正義や愛を問うた作品です。権力に屈するか、立派な人間になるために自分の殻を破って生きるのか。一度失敗しても、再び生き方を選択していくことで、人間はよりよい人生を歩むことができるとも、またその逆も起こりうることも伝えています。この2作品を照らし合わせることで、自分たちがどう生きたいか、それを深く広く考えるきっかけになるのではないでしょうか。